仕事上のミスを理由とする一方的な給与天引きが問題になる理由と、損害賠償責任とは分けて考える必要がある点を解説します。
この記事のポイント
- 検索した疑問に対する結論を最初に確認できます。
- 判断するときの具体的な確認項目を整理できます。
- 次に取る行動を順番に検討できます。
会社への損害賠償、「給与天引き」は原則として認められない!ミスしても全額貰える権利
【アイキャッチ画像】
イラスト:給与明細のイメージ。支給額の欄から、太いマジックで「-50,000円(弁償代)」と書かれ、手取り額が激減している。それを見て真っ青になっている従業員の顔。「それ、違法です!」というスタンプが押されている。
「あ! やってしまった……」
飲食店のアルバイトでお皿を割ってしまった。
配達の仕事中に、社用車を電柱にこすってしまった。
レジ締めをしたら、なぜか金額が合わない。
仕事をしている限り、こうしたミスは誰にでも起こり得ます。
しっかりと反省して謝るのは当然ですが、もし上司からこんなことを言われたら、あなたはどうしますか?
「修理代の10万円、今月の給料から天引きしておくから」
「足りないレジのお金、自腹で埋めておいてね」
「自分が悪いんだから仕方ない……」と諦めてはいけません。
仕事上のミスを理由に会社が一方的に賃金から弁償額を差し引くことは、賃金全額払いの原則に反し、原則として認められません。損害賠償責任の有無とは分けて考える必要があります。
会社がどんなに怒っていようと、あなたの給料を勝手に減らす権利は1ミリもありません。
今回は、意外と知らない「給与天引きの違法性」と、不当な請求から身を守るための知識を解説します。
仕事のミスを理由とする一方的な給与天引きは認められる?
まず結論から言います。
- 理由が何であれ、会社が従業員の給料から勝手に弁償金を差し引くことは、労働基準法第24条違反です。
法律には「賃金全額払いの原則」という強力なルールがあります。
これは、「税金や社会保険料などの『法律で決まっているもの』以外は、勝手に引いちゃダメ。全額を本人に手渡さなきゃダメ」というルールです。
たとえあなたが会社に100万円の損害を与えていたとしても、給料日には契約通りの給料(例えば25万円)を全額支払う義務が会社にはあります。
「損害賠償」と「給料」は、まったく別の問題として処理しなければなりません。
× 給料から勝手に10万円引いて、残り15万円を振り込む(違法)
○ まず25万円を全額振り込む。その上で、別途「修理代についてどうするか」を話し合う(適法)
よく「入社時に『損害は給料から引く』という誓約書にサインさせられた」という人がいますが、このような「あらかじめ賠償予定を決めておく契約」自体が、労働基準法第16条(賠償予定の禁止)で禁止されています。
計算例:給与から5万円を差し引かれた場合
「どうせ払うことになるなら、天引きでも同じじゃないの?」
そう思う優しい人もいるかもしれません。
しかし、「天引きされる」のと「一旦全額もらってから払う(あるいは交渉する)」のでは、あなたの生活防衛力が天と地ほど違います。
具体的なシミュレーションを見てみましょう。
▼ 手取り20万円のAさんが、仕事のミスで5万円の請求をされた場合
【ケース1:勝手に天引きされた場合】
- 振込額:15万円
- 家賃:7万円
- 光熱費・通信費:3万円
- 食費・生活費:5万円
- 残り:0円
給料日に通帳を見たら15万円しか入っていない。
これでは、急な出費やカードの引き落としに対応できず、最悪の場合、家賃滞納や借金をすることになります。
「生活費というライフライン」を会社に握られている状態です。
【ケース2:全額支給された後で話し合う場合】
- 振込額:20万円(手元に現金がある!)
- 話し合いの結果:「今月は苦しいので、毎月5,000円ずつの分割払いにしてください」と交渉。
- 今月の支払い:5,000円
- 手元に残るお金:19万5,000円
【挿絵画像①】
イラスト:二つの財布の比較。左側は「天引き後」の財布で、中身が空っぽになり、蜘蛛の巣が張っている。右側は「全額支給後」の財布で、お金が入っており、そこから少額(分割分)だけを支払っている様子。主人公が「生活が守れた!」と安堵している。
いかがでしょうか。
一度「全額」を手に入れることで、あなたは「払う・払わない」や「分割払いにする」といった交渉の主導権を持つことができます。
天引きを許すということは、この「交渉のチャンス」と「当面の生活費」の両方を奪われることなのです。

損害賠償責任は個別事情により判断される
さらに重要な事実をお伝えします。
そもそも、仕事上のミスについて、従業員が「全額」を弁償しなければならないケースはほとんどありません。
会社は、従業員を雇って働かせることで利益を得ています。
「利益を得ているなら、その過程で起こるリスク(ミスや事故)も会社が負担すべきだ」というのが、法律の基本的な考え方です(これを「報償責任」といいます)。
過去の裁判例を見ても、従業員の責任が認められるのは以下のような場合に限られます。
- わざと壊した(故意)
- 飲酒運転や無免許運転など、とんでもない過失があった(重過失)
うっかりお皿を割った、注意していたけど車をこすった、程度の「軽過失」であれば、会社が全額負担するのが通常です。
仮に責任を問われたとしても、損害額の「1割~3割」、多くても「5割」程度に減額されるのが一般的です。
上司の「全額払え!」という言葉を鵜呑みにして、素直に全額払う必要は全くありません。
給与天引きを告げられたときの確認手順
では、実際に上司から「今月の給料から引いておくからな」と言われたら、どう対処すればいいのでしょうか。
喧嘩腰にならず、かつ毅然と身を守るための3つのステップを紹介します。
1. その場で同意書にサインしない
「給与からの控除に同意します」といった書類を出されても、絶対にその場では書かないでください。
「重要なことなので、一度持ち帰って家族(または専門家)に相談します」と言って保留にしましょう。
一度サインしてしまうと、「本人が同意した」と言い訳に使われる恐れがあります。
2. 「全額払いの原則」を伝える
やんわりと、しかしハッキリと法律の知識があることを伝えます。
「ミスをしたことは反省していますが、給与からの天引きは労基法で禁止されているはずです。まずは全額振り込んでいただいてから、弁償の必要性や金額について話し合わせてください」
これだけで、まともな会社なら「こいつ、知ってるな」と手を引きます。
3. 給与明細を保存し、労基署へ
もし強行突破で天引きされてしまったら、その「給与明細」が動かぬ証拠になります。
明細を持って労働基準監督署に行けば、会社に対して「違法な天引き分を返せ」という是正勧告を出してもらうことができます。
【挿絵画像②】
イラスト:盾を持った主人公の図。盾には「労基法24条(全額払い)」と書かれている。上司が投げつけてくる「天引き」「自腹」という矢を、その盾でカーン!と弾き返している。
まとめ:反省はしても、生活まで差し出すな
- 給与天引きは、いかなる理由があっても原則「違法」。
- 仕事のミスを全額自腹で払う必要はほとんどない。
- 「同意書」にはサインせず、まずは全額振り込ませよう。
ミスをしてしまった時、罪悪感から「言われた通りに払わなきゃ」と思ってしまいがちです。
しかし、会社はあなたの生活まで補償してはくれません。自分の生活を守れるのは自分だけです。
もし、日常的に「自腹」や「天引き」を強要してくるような会社なら、そこは従業員のリスク管理を放棄したブラック企業かもしれません。
正しい知識で身を守りつつ、安心して働ける次の職場を探す準備を始めることをお勧めします。
※個別の労働条件や法的判断は事情によって異なります。困ったときは労働基準監督署、労働局の総合労働相談コーナー、弁護士などへ相談してください。

賃金からの一方的な天引きが認められないことと、労働者に損害賠償責任が生じるかどうかは別の問題です。故意・過失、会社側の管理体制、損害との因果関係などにより判断が異なるため、その場で書面へ署名せず、内容を確認して公的窓口や専門家へ相談してください。



